信州飯山の小学校教員・瀬川丑松は、死の際にある父の言いつけに従い、被差別部落出身の素性を誰にも明かさないと誓う。敬愛する部落民開放運動家・猪子蓮太郎から「君も一生卑怯者で通す気か」と問いつめられても、丑松は父親の戒めを守り通すが、丑松が部落民であるという噂がどこからか流れてくる。そんなある日、猪子が志半ばで凶刃に倒れてしまう。ついに決意を固めた丑松は、すべてを校長に告げ、職を追われていく。その背中を、心通わせた同僚教師の娘・志保と教え子たちが見送るのだった…。
実はトイレにこれの原作があります。 ちょっと前まで、トイレに常備する単行本は他のだったんですけれども、それを読み終わったので書庫からこれを出してトイレに置いてあるんです。 んで、用を足す時に読む、と。
ただ、なんかもー文体が私にはかったるくって。 だもんでこの作品(DVD)は入手していたんですけど原作を読み終わってから見るか、それとも先に観ちゃおうか、さほど重要な問題ではありませんが多少は悩んでいたんです。
でも、原作を読み終えるのがいつになるのかは、こりゃもう全てが私の腹次第でありまして、そんなんじゃいつまで経ってもDVD観られませんよ?って事になりまして、それと、DVDが今ひとつだったら原作読むのを一旦中止しようって思ったのもありまして、先に観ました今朝観ました。
・・・これはいかん。 市川雷蔵しか印象に残らない・・・っていうか、市川雷蔵がとてもいいんだよねぇ。
と、それはさておき、これって、あーこれ原作についてはこないだエントリーした「橋のない川」でも採り上げられているんですよね。 「破戒は読んだか?」的に。 んで、破戒の主人公に対してこう、挑戦的と申しましょうか、批判的なんですよ。 なんでかなーってその時は思いまして。
で!それは映画を観てもわかんないんですよね。 映画は原作ほど掘り下げているものではありませんから。 ただ、肌触りがこの両者では全然違いますですね。 こっちではもうなんと申しますか、それがダメだっていう事はないんですけど、主人公が生徒に向かって土下座して嗚咽するんです。 あっちでは絶対そういう事にはならないですよね。 たちあがれ!みたいなこう、外に向かっていくんですよね、あっちは。
原作の続きを読むのは後回しにするかのぅ。