Kaleidoscope というバンド名、というか Kaleidoscope という英単語に私、ちょっと躊躇するところがこの 20 年ほどありまして、UK だろうが US だろうが聴いてはいたんですけどどれこれのアルバムが一番好きですっていうふうにブログに書くのがためらわれていたわけで。
それでも・・・・あ、UK のほうの話ですけど・・・ Fairfield Parlour がこのバンドの変名(?)だっていうのを最近知って、聴いてみればそうかと思いもするも、同時期に、いや Fairfield Parlour の後に録音された White Faced Lady を聴いてみると、どういうわけか Fairfield Parlour じゃないんじゃない?っていう不思議な感覚にとらわれて興味深い。 Fairfield Parlour がこう、マネージャが代わったからなのか心機一転って雰囲気でこうバンドとして進歩しているよっていう意気込みが聞こえるのに対し、自身らが自己資金で録音したという White Faced Lady は明らかにマンネリ感が漂ってて、1970 年の時点で創造性というところでは「終わってしまった」のかと無情になるところではありますが、そもそもこの White Faced Lady というアルバムは、なんというバンドの録音なのかという根源的な問題を孕んでおり、バンド名というものに固執しないタイプ人たちなのかと驚くとともに、他にも別バンド名義のシングルやらなんやらの録音があると聞き及び、よくよく不思議なもんだと思うのでありました。
そもそもは Sidekicks というバンド名で活動するも、Kaleidoscope になる前にもう一つバンド名があったというから呆れるやら何やらではありますが、この Kaleidoscope になる前の録音というものがあるのでして、それが今回取り上げる 1 枚。 1964-1967 ということでもあり、まさにサイケデリックバンド Kaleidoscope の前身でありまして、ちょっとこれは声を大きくして申し上げておかなければなりませんが、
テープの劣化によると思われるノイズが致命的
で、それがなかったらビートポップで(カバーももちろんあって)なかなか侮れない内容なんですよね。
とはいえ、サイケ期にも「突き抜ける」ものがなく模範的なサイケであるのと同様にこちらでもビートポップを演奏してみましたという、それ以上のものが、手応えがないのが残念かなって思うながらも、バンド名にしかり演奏ジャンルにしかり、こだわりが皆無である器用貧乏なところがこのバンドの特色でもあり、弱点であったのかもしれません。 結局ヒットに結びつけることができなかったのも、こういう背景に拠るところなのかも。