Marquês, 256. (Zé Ibarra)

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言葉を尽くしても伝わらないような気が、最近はしているのですけれどもそれはその実、老化のために言葉が思い浮かばず口から出ず、苛立っているからなんじゃないか、それだけなんじゃないかと思っている今日このごろです。

Zé Ibarra の初めてのソロ作は 2023 年のリリース。 つまり去年でありまして、私としては新譜の域にある作品。 ギターか鍵盤のみのウルトラシンプルな構成で、深めのディレイ(というかエコー)がかかっていて、揺らめく陽炎のような醸し出しているのはお得意中の得意なんじゃないかとも思う反面、MPB を経てスポンジのように万物を吸収してきたブラジル音楽が、いよいよ原点回帰を始めたような気がしてなりませんし、それは私にとっては嬉しいこと。

ラテン・グラミー賞を獲得したバーラ・デゼージョの一員として、2023年のFruezinhoで初来日。満員の会場を熱狂の渦へと巻き込んだ彼らだが、なかでもゼーの美しいハイトーン・ヴォイスに魅了されたという方は少なくないだろう。ブラジルでもその歌声は特別な輝きを放っており、2022年にはコンサートからの引退を発表したミルトン・ナシメントのラスト・ワールドツアーにも歌手兼ギタリストとして帯同。オープニング・アクトにも抜擢され、歌の国ブラジルの大観衆を魅了するなど、いまやブラジルの次代を担う音楽家と言える存在だ。そんなゼー・イバーハの、初となるソロアルバムが本作『Marquês, 256.』である。タイトルは自宅でもあるリオのガベア地区にある古い建造物の住所から取られている。その建物が持つオーラや、そこにまつわる思い出と自身の成長が、本作制作のきっかけになったそうだ。録音もその建物の内階段で行われた。伴奏は自身の弾くギターもしくはピアノのみ。極めてシンプルな弾き語り作品だが、その有機的なコンビネーション、そして何よりミルトンも認めた歌声は圧巻の一言。世界中の音楽家が一歩抜きん出ようとあらゆる工夫を凝らす時代に、ここまでありのままの姿で勝負できるアーティストはそう多くないだろう。バーラ・デゼージョの盟友ドラ・モレレンバウム作曲の「Dó a Dó」から、ラストのミルトン曲「San Vicente」まで、新旧ブラジル音楽の粋を総括したようなレパートリーも、また極上だ。ミルトン・ナシメントの後継者とも言える歌声、あるいはジルベルト・ジルやカエターノ・ヴェローゾを思わせる融通無碍な表現力で、間違いなくこれからのブラジル音楽を牽引することになるであろうゼー・イバーハ。その原点にしてネイキッドな魅力を堪能できる本作を聴き逃さないで欲しい。

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